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優雅な生活が (2) [男性・女性]

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前回の続きで、「優雅な生活」について、思うこと、なんだけれど

「優雅な生活」というと、なんとなく、私のイメージに合うのは、
前回挙げたように、安井かずみ、加賀まりこ、金子國義、そして荒木 経惟・陽子夫妻、、
といった人たちのそれという気がする。

彼らの生き方は、恐らくは、彼らの同時代の、昭和におけるサラリーマン的な幸福、
つまり、30歳くらいで結婚して、家を買って、車を持って、料理上手な専業主婦の奥さんと、
私立の偏差値の高い学校に通う子供たち、
そして週末には家族でドライブして、、

なとどいう幸福観とは全く相容れないもの、
というより、もっとも遠いような気がする。
むしろ、拒否している、とも思えるし、また、だからこそエレガントなのかもしれない。


平成も20年以上を経た現在、そのエレガンスが、
よりリアルなものになってきている気がする。

とはいえ、私は別に、安井かずみのようなライフスタイルをめざすべき、とか
彼女たちみたいになりたい、と思ってるわけではなくって

例えば安井かずみは、ヨーロッパに旅行に行って、サルバドール・ダリに見初められたり、
フランソワーズ・アルディと一夏を過ごしたりなんてことをしていたらしく、
そんな生活が我々一般人に送れるはずもないわけだし。

(ちなみに、先日、加賀まりこ主演の、名作とされる「月曜日のユカ」を見た。
スタイリッシュな映像はなかなか良いけれど、映画としてはそれほどいい作品とは思えなかった)


私の思うそれは、決してふつーの庶民には手の届かないようなものではなくて、
ふだんの生活のなかでのちょっとした心構えとか意識の違い、

たとえば、リビングに花を絶やさないとか、
ベランダでハーブを育ててそれで美味しい料理を作るとか
ファミレスとかファーストフードには絶対行かないとか
最新型の製品よりは、アンティークを愛したりとか
どんなに足が痛くても、かわいいヒールを履くとか
電車の中ではスマホもiPodも一切いじらずに、文庫本を読むとか

そんな程度の、ちょっとしたことでいいと思うし、
要するに、ありていに言えば、美意識の問題なのだ。

世間で流行ってるものとか、一切おかまいなしに、
美しいものを愛し、自分の好きなものを生活のなかで最優先することで、
楽しい人生を送ること、
そういうことなのだと思う。



ところで上の昭和的な幸福観というのは、終身雇用制の崩壊、少子化、晩婚化、人口減少、
などといった現象とともに、崩壊しつつあるのは既に明らか。
いや、それは逆で、そういった幸福モデルが、幻想にすぎない、あるいは違うんじゃないか、
ということにみんなが薄々気づいてきたからこそ、
少子化、晩婚化、人口減少、、といった現象が見られるようになってきたのではないか、
と私は思う。

これはつまり、ひとつの時代が終わり、ひとつの共同幻想が壊れた、それだけであって
なにをもって幸福とするか、なんていうのは、時代によって変わることは言うまでもないし。
(だから私には、いわゆる「少子化対策」なるものは、勘違いも甚だしいものにしか思えない)

だから、本当は、別に結婚もしなくていいし、
子供だっていらないし、子育てなんてたいへんなことしたくないし、
でもなんとなくそれって世間的な常識からいえば間違っているような気がするから、
なんとなくやっていただけで、、
といったところが、みんなの本音だったりするかもしれない。
少なくとも私はそう思ってる。


そもそも、ひとつの幸福観が広く世間に共有されるというのは、ある意味残酷なのだ。
なぜなら、自分の生活がその「幸福」と違っていた場合、
自分は不幸なのではないか、と思ってしまうから。
そして、その結果、僻み、妬みなど、そもそもそんな価値観が存在しなければ
その人が持つことも無かったであろう、様々なネガティヴな感情が萌してしまう。

だから、幸福モデルが壊れ、それにかわる新たな幸福モデルがいくつも生まれ、
例えばLOHAS的幸福でもなんでもいいけれど、
価値観の相対化が進んでいくのは、むしろ喜ばしいことだと思う。

ていうか、そもそも、私は上のような昭和的幸福観が嫌いなのだ。





とかいいながらも



それってやっぱり、ふつーに幸せな生活ができてもいなければ
あんまり優雅な生活もできていない、そんな私の、ただのひがみなのかなー

とも思ったりもする。


例えば森茉莉のエッセイを読んでいると、日本人の或いは日本のこういうところが嫌、
それに比べてフランスはこういうところが素晴らしくて、みたいな文章がやたらと目に付く。
これも、その時代の幸福モデルに基づく生活を自分が送れていないことにたいする
劣等感の裏返し、或いは正当化、と心理学的には説明できる。
(40代以降一人暮らしだった彼女は、やはり、孤独で、不幸な生涯を送ったのではないか、という気がする)

私がそんな森茉莉の文章にときどき不快感を感じるのも、私の中にある嫌な部分を
そこに見出しているからなのだろう。


と、ここで、「優雅な生活が最高の復讐である」、ということばに戻れば、
このことばがよくわからないのは、
「誰にとって」の「復讐」なのか、が明瞭でないからではないか、と思う。

本当に優雅な人は、優雅とは何か、なんて考えないんだろうし、
優雅なくらしをしたい、なんて考えるはずも無い。

それは、本当に贅沢な暮らしをしている人は、自分が贅沢な暮らしをしてるなんてことは
全く意識していないだろう、というのと同じで。

それをこの記事のように、私がここまで考えてしまうということは、やはり、それによって、
自分の中にある、何かを乗り越えたいとかいう気持ちがあるとか、
世間とのずれみたいなものがわだかまっているということであって、
要するに、コンプレックスの問題なのだろう。


だから、上のような昭和的幸福観が瓦解している中、それでもそんな幸福観にしがみつき、
なんとかそういう幸福を得ようとしている人たちを横目で眺めながら、
涼しい顔で、それを超える幸福観としての「優雅」な暮らしができるとすれば。。


それは、昭和的幸福とは全く縁の無かった人間にとっての、
昭和的幸福観に対する「復讐」なのだろう。




。。などと考えたりしてしまう私って、

やっぱり人格が歪んでいるのかも。




まずは、もうすぐバカンスの季節だけれども、
最低でも2週間は休みを取って、避暑地でのんびり、というのが
優雅な生活というものなんだろうなぁ、と思うけれど

そんなことすら、ほぼ非現実的なのが悲しい。。








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