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幻視の系譜 [奇想・妄想]

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「人を好くということは愉しいものです。」(室生犀星「蜜のあわれ」)

「哀れなるかな、イカルスが幾人も来ては落っこちる。」(梶井基次郎「Kの昇天」)

「植物への変形は、不幸を取り除いてもらったばっかりに幸福をも奪われることであり、罪から解放されるかわりに、罰そのものの中に投げ込まれることなんだ。これは人間の法律じゃない。ゼウスの奴隷たちの法律だ」 (安部公房「デンドロカカリヤ」)




澁澤の「暗黒のメルヘン」にしても、創元の「怪奇小説傑作集」にしてもそうだけれど、
優れた幻想文学のアンソロジーを読んでいると、ページを繰るごとに、
私のこころが潤っていくのを感じる。

先日やっとのことで読了した、東雅夫さん編集の『幻視の系譜』もまさにそんな一冊で
ここに収録された作品も、確実にあちら側に連れて行ってくれる、
なかなかの粒ぞろいで、
日本の幻想文学のクオリティの高さを再認識。






川端の「片腕」は何度読んでもわくわくしたりする。

蜜のあはれ」は、とてもかわいらしいのに
極めてエロティック。

デンドロカカリヤ」は、植物変身譚が好きな私には、とても興味深く読めた。
植物に変身させられることの意味を、ここまで突き詰めたものを私は読んだ事がない。

鏡花の「化鳥」、萩原朔太郎「猫町」なども印象的だった。

しかし、そんな良品ぞろいのこの作品集中で、私がいちばん衝撃をうけたのは、
吉村昭の「少女架刑」だった。

これには驚愕と鳥肌。
人間がその肉体が生命を失い、その姿が、研修医によって切り刻まれる肉塊、
そして骨へといたる過程を描いたとき
そこに現出する、極端に静謐で、透明度の高い、
そしてうっすらと悲しみの漂う、この世界は何なんだ。
こんなイメージを私は想像すらしたことがないような気がする。

ある意味、最高峰では。すごい。


ところで
幻想文学とは何か、といわれるとまず思い浮かぶのは
澁澤の言う、もっと幾何学的精神を、ということだけれども

私は、それには全面的に賛成できなくて、
そういった、はじめから虚構としてひとつの世界を作り上げていくというよりは、
もっと、なんというか
現実と非現実の境目の領域の問題という気がしていて、
それはつまり、
ふとした瞬間、こうあるべきという世界が微妙にずれてしまったのを感じたときに
おそってくる戦慄だとか、暗闇に一瞬炸裂する燐光というか

そういったものだと思いながらも、なかなかきちんと
うまいことこばにできなかったのだけれど、
中井英夫が、『幻想文学』のインタビューで、幻想文学というものを
どのように考えているかとの質問に答えている文章が
この巻末の解説に載っていて

そうですねぇ、よく”幻想と怪奇”みたいな言い方がされますけど、ぼくは、ふわふわした空想的なものを”幻想”と呼ぶ気はまったくしないし、怪奇的なものも今はあんまり好きではないですね。(中略)
それでは結局何なのかというと、”幻視”-みんなと同じものを見ている筈なのに、自分だけ違うものを見てしまうような、現実を別な眼で捉え直し、作り変えてしまうような、そういう力をもった文学であると。

(『幻想文学 第三号 「月蝕領より 中井英夫インタビュー」)



と言っているのを読み
これだ、と思った。


続けて解説中では、中井が白昼の戦慄について書いている件りを紹介していて
私は更に、驚いた。

そこで中井は、斉藤茂吉の一首を評して、


この一首ほど鮮やかに真夏の、そして真昼の、不気味な静まりを写した歌はない。この背景に思い出される黒いダリヤだの笑う狂人だの曇り空だのの、ほとんど幻覚とまで思われる胸苦しい異常感覚こそ『赤光』を今日に支えた力である。
幻を見る術は、いいかえれば現実のもうひとつの意味を知ることであり、ちゃちな空想や貧弱な比喩をもって浪漫主義の旗印に代える蛮勇ではない。


(中井英夫「白日夢」、『黒衣の短歌史』)



たしかに、私が乱歩や川端、小川未明に感じていたのは、これなのだ。

暗闇や薄明ではなくて
真夏の白昼の鬼気。


幻視という言葉の内実と、そこにおぼえる戦慄と感覚について
ここまで端的に言語化できるところが、中井の真骨頂というか。

うならされた。


その一首を最後に引用しておく。

めん鶏ら 砂あび居たれひつそりと
剃刀研人は過ぎ行きにけり

(斉藤茂吉 「赤光」)





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